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東京地方裁判所 平成元年(特わ)678号 判決

主文

被告人甲を懲役一年六月に、被告人乙を懲役一年に処する。

被告人甲に対し、未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

被告人乙に対し、この裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予する。

被告人甲から、押収してある覚せい剤一包(平成元年押第五五九号の1)を没収する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人両名は、被告人甲の知人であり乙の姪の夫であるAと共謀の上、同人が駐車違反取締中の警視庁東京空港警察署所属の警察官らから職務質問を受け任意同行を求められたのを拒否して乗り捨てて逃走したため、同警察官らに遺留品として留置され、同署署長近本厚生が管理していた右A所有の普通乗用自動車(メルセデスベンツ第品川三三の×○○×号)内から同人が遺留した大麻在中のバッグ等を窃取することを企て、平成元年四月九日午前四時一五分ころ、東京都大田区羽田空港二丁目八番一号所在の同署中庭駐車場(前記近本厚生管理)内に金網フェンス等を乗り越えて侵入し、被告人甲において右普通乗用自動車内に入り込み、被告人乙において同車助手席側から上半身を車内に入れて、それぞれ車内を物色し、右バッグ等を窃取しようとしたが、同署所属の警察官近巡査らに発見されて逮捕されたため、その目的を遂げなかった。

第二  被告人甲は、法定の除外事由がないのに、

一  右同日、東京都大田区羽田空港二丁目八番空港内勤務職員駐車場入口前に駐車中の普通乗用自動車(第品川五七も○×○×号)内において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶〇・一六八グラムを所持した

二  右同日、東京都大田区〈住所省略〉○○ハイム六〇二号室B方において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン若干量を含有する水溶液約〇・一五立方センチメートルを自己の右腕部に注射し、もって覚せい剤を使用したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の所為のうち、建造物侵入の点はいずれも刑法六〇条、一三〇条前段、罰金等臨時措置法三条一項一号に、窃盗未遂の点はいずれも刑法六〇条、二四三条、二四二条、二三五条に、被告人甲の判示第二の一の所為は覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項に、判示第二の二の所為は同法四一条の二第一項三号、一九条にそれぞれ該当するが、被告人両名の右の建造物侵入と窃盗未遂との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により、被告人両名につきいずれも一罪として重い窃盗罪の刑で処断することとし、被告人甲の以上の各罪は同法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の一の罪の刑に法定の加重をし、それぞれ右処断刑期の範囲内で被告人甲を懲役一年六月に、被告人乙を懲役一年に各処し、被告人甲に対し、同法二一条を適用して未決勾留日数中三〇日をその刑に算入し、被告人乙に対し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から四年間その刑の執行を猶予し、押収してある覚せい剤一包(平成元年押第五五九号の1)は、判示第二の一の罪に係る覚せい剤で犯人の所有するものであるから、覚せい剤取締法四一条の六本文により被告人甲からこれを没収することとする。

(量刑の理由)

本件は、自動車内に大麻を所持していたAが、駐車違反取締中の警察官の職務質問を受け任意同行を求められたのを拒否して同車を放置したまま逃走したため警視庁東京空港警察署中庭駐車場内に領置管理された同車から、右大麻在中のバッグを取り戻すべく、被告人両名に対してこれを窃取してくるように要請し、これを被告人両名が承諾して三名共謀の上判示第一の犯行に及んだほか、被告人甲が、右犯行に出かける前にその景気付けのためということで右Aまたは被告人乙から覚せい剤を貰い受けてこれを使用したほか、覚せい剤若干量を所持していたという事案である。

まず、判示第一の事案について見るに、被告人両名は、右Aが用意した手袋、懐中電灯、十手及びナップサック等を着用携帯し、発見を避けるため黒色っぽい着衣に着替えた上で、深夜、金網フェンスを乗り越えて前記駐車場に侵入し、本件犯行に及んだものであり、その行動は軽率無謀かつ悪質不敵なものであって、窃盗がもともとは犯人の内の一人の所有する物を狙ったものであり、かつそれが未遂に終わったからといって、その犯情は決して軽いものではない。

さらに、判示第二の一、二の事案について見るに、被告人甲は、約一年前に同種事犯により懲役一年二月、三年間執行猶予の刑に処せられ、現に執行猶予中であったにもかかわらず本件犯行に及んだものであって、その覚せい剤に対する親和性、常習性、規範意識の欠如は顕著であって、その刑責は重大である。

しかしながら、判示第一の事案に関して、被告人甲については、前記Aの口利きで、株式会社WのSクレジット株式会社に対する一億五〇〇〇万円の金銭債務を連帯保証し、担保として自己の土地、建物に抵当権を設定していたため、もしAが大麻取締法違反により投獄されれば右Wの右債務の履行が不能に陥るであろうことを憂慮し、警察官に顔を見られているAに代わり本件犯行を引受けざるをえない気持ちになったこと、被告人乙については、Aの自動車が領置されるに至った発端は、同人が熊本から上京した同被告人を羽田空港に出迎えたことにあったから、同人からその責任をとるように責められ、また、同人が姪の夫であることもあって無下に断れずに、本件犯行に及んだこと、判示第二の一、二の事案について、被告人甲は、Aから、前記一億五〇〇〇万円の債務の履行を催促する度に、はぐらかすかのように覚せい剤を勧められ、自己の連帯債務、抵当権設定に関しての焦燥感、危機感から逃避するためにその使用を繰り返すに至ったものであることが窺われ、その点について同情の余地が皆無とは言えないこと、本件各犯行について、被告人両名とも素直に認めており、改悛の情が認められること等の被告人両名に有利な事情も存する。

そこで、これら諸般の事情を一切考慮した上、被告人両名に対して、それぞれ主文のとおりの刑に処するのが相当であると判断した次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 島田仁郎)

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